日航機墜落事故の原因に陰謀説が絶えない理由

日本航空のジャンボジェット機ボーイング747型機が群馬県御巣鷹山(高天原山:たかまがはらやま)の尾根に墜落して33年経ちました。形骸化しているこの事故を振り返ってみます。

事故の経緯

1985年(昭和60年)8月12日、羽田空港発大阪(伊丹)空港行日本航空123便が、 垂直尾翼と油圧操縦システムが破損し、上下左右のコントロールが効かなくなったため、エンジン推力の調整だけで操縦し、羽田空港への引き返しを試みましたが、結果群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称「御巣鷹の尾根」)に墜落し、乗員乗客合わせて520名が死亡した事故です。

2018年現在でも単独事故(衝突など複数の航空機が絡む事故以外)として世界の航空機史上最悪の死者数を数える航空機事故です。

これはジャンボジェットにエコノミークラスだけの座席配置をしてたくさんの乗客を詰め込む機体というものが日本でしか採用されていなかったためというのも理由としてあげられます。
 

山の名前がふたつの理由

事故当時長野県警が御巣鷹山(おすたかやま)という名前を使って、その南側であると位置を説明していたためマスコミも御巣鷹山と報道しました。現在は高天原山の尾根を御巣鷹の尾根と呼ぶようになったそうです。

発表された事故原因

1978年(昭和53年)6月2日、伊丹空港に着陸しようとした際、機体尾部が滑走路と接触する事故を起こしています。(日本航空115便尻もち事故)

その修理をボーイング社が行った際、圧力隔壁(あつりょくかくへき)のリベットが不適切に打たれていて、そこから金属疲労による亀裂が入り、耐えきれなくなった壁が後方へ押し出されて補助動力装置と垂直尾翼を破損したのが直接原因だとされました。

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航空機の事故調査としては異例の説得力のなさ

通常航空機の事故調査はその機体に欠陥があるかどうかが類似の事故を防ぐ要となるため、欠陥であってもヒューマンエラーであってもかなり詳細に調べられ、科学的根拠に基づいた正確な結果が出されるものです。

しかし、この事故の調査報告書は説得力に乏しく、それについての再調査も行われないことから数々の陰謀説が流布しているのです。

まずそもそも原因とされた圧力隔壁(あつりょくかくへき)と呼ばれる壁は機体の最後部の垂直、水平尾翼より手前にあり、もしそこが吹き飛んだのであれば垂直、水平尾翼が無くなり、航空機はその時点で飛行困難となり墜落します。

123便の場合、垂直尾翼の3分の2程度が無くなり、水平尾翼は付いていました。これは事故原因として発表された圧力隔壁の金属疲労からは想像しがたい状態であり報告書の信ぴょう性に疑問が残ります。

これに類似した事故でチャイナエアライン611便空中分解事故があります。2002年5月25日に同じくボーイング747型機が台湾海峡上空で空中分解し墜落した事故です。

この機体も過去に尻もち事故を起こして修理されており、その修理方法に問題があったため機体後部を喪失し、一瞬で空中分解したものです。尾翼が無くなるとこういう結果になるのです。

また名前の通り航空機の内部を与圧している空気を受け止めるところであり、ここが無くなってしまえば急減圧という風船の口が開いたような状態で人間は低酸素症になってしまうのですがコックピットボイスレコーダーにもパイロット同士が普通に会話している様子が録音されています。

後部に亀裂が入ったことは間違いないようですが、こういった証拠からも内部から破損した可能性より、何かが垂直尾翼にぶつかり、その周辺にも影響が及んだと考える方が自然に思える状況だったのです。

実際には真相がわからない

推測の域を出ないのはあらゆることが調査されていないからなのです。相模湾に落ちた機体の一部とみられるものが近年発見されたりしましたが、通常航空機事故調査では海も潜って調べます。

調査委員会はこういったところでも何かを隠そうとしていると取られかねないいい加減さがあり、他の事故と違った印象を拭えません。

また救助活動の遅れや、自衛隊内の不審な動きにもどれ一つとしてしっかりとした説明が無く、妄想を膨らませる原因となっています。

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