「誰でも良かった」と言って事件を起こす犯人は本当に誰でも良かったのか

人間が人間を殺したいと思う心理

人は人として生まれてきたときそのままの状態で殺意を持つように出来ていません。どういった経緯で殺意というのは生まれるのでしょうか。これはものすごく単純なことで人を殺したいと思うほど憎んだ時です。

ではどんなことが起きればそれほどの憎しみが生まれるのでしょうか。これも実は単純なことで「自分のあるがままの存在を親に認めてもらえなかった時」です。

なぜ親への憎しみが殺意を芽生えさせるのか

人間は幼少期に自我を作っていくとき親への欲求(甘え)を満たしていく必要があります。いわゆるこのわがままが満たされないと人間としての土台を形成することが出来ずに何歳になっても「認められること」を渇望するようになります。

それは親に留まらず自分と接するすべての人が対象となっていきます。子供は親という存在を通して社会というイメージを作るので親に憎しみがあれば社会全体が敵になってしまうのは無理のないことなのです。

親に直接向けられない殺意

ここで自身が持つ憎しみを親への憎しみだと認識できる子はまだいいのですが、あらゆる感情や行動を制限されてきた子供は親に対しての憎しみさえも押さえつけ無かったことにしてしまうことがよくあります。

そうした場合本当は親に対する殺意であってもそれが認識出来ず、なんだかよくわからないけど誰かを殺したいと思うようになってしまうのです。

本当の気持ちが解らない悲劇

親を殺してしまった犯人が刑を終え更生していく事例があるのですが無差別殺人の犯人にはこれがありません。なぜなら本当に殺したかった相手も解らずに、自分の親は立派に自分を育ててくれたと認識しているのですから、心では殺したいくらい憎んで、頭では育ててくれたことを感謝しているという状態なのです。

心理学ではこれをダブルバインドといいますが心と頭がねじれている状態なのです。どれだけ頑張っても自分の本当の気持ちに気付くことは難しいでしょう。

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子供をそうやって育ててしまった親が悪いのか

では親が全ての責任を負えば解決する問題なのでしょうか。実はそれも違います。なぜ親が子供をそのようにしか育てられなかったかというと親自身がその親から同じように育てられていたからなのです。この世代間連鎖という現象を止めることは並大抵の努力ではなし得ません。

第一に気付くことが難しいですし、気付いたとしても幼少期の記憶は大人の記憶と違い潜在意識にあることが多く頭に言い聞かせてもなかなか書き変わりません。

日本人には珍しくない神経症

ここまでの内容を他人事としてあなたは読んでいるかもしれませんがこういった神経症傾向にある日本人はとても多く日本人の八割が神経症だとする学者もいるくらいなのです。

程度の差こそあれあなたも親に対する敵意を持っているかもしれません。日本が経済的に豊かになったのに心の面で閉塞感を感じるのは多くの日本人が神経症傾向にあるからなのです。

これからどちらに向かって進めばいいのか

まず言えることは戦前まで大切にされてきた家族という関係を見直さなければならないということです。愛があふれる心の交流が無くなった家庭は、外の世界へ打って出ていくための港になりえません。

現代人が疲れやすいのは家庭に安らぎがないからなのです。外でどんなことがあっても心の港があれば頑張れます。

学校でいじめられた子供が家庭ではみんなが自分の味方でいてくれたらもう一度世の中に打って出ていけます。だから子供を無条件で認めてあげる。

勉強が出来なくたって、駆けっこがビリだって元気でいてくれたらそれでいいと子供たちに伝えてあげて欲しいのです。私たちは若い世代にしか希望を託すことが出来ないのです。

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